境界例の社会

        

ボーダーライン(境界例)という病気がふえているそうです。分裂病・うつ病・神経症などが純粋な形であらわれることが少なく、分裂・うつ・神経症ともつかない性格例がふえているようです。僕は幻聴や幻覚など純粋形の分裂病という診断でしたが、あと10年遅く発病しておれば、僕の経験した社会に対するアパシーや無軌道ぶり、そして予後は軽症うつ病になってゆくとこなどを見ても境界例という診断がついたと思います。実際、僕と同じ家庭に育ち、10歳下の弟は、境界例です。

この10年というのは、何かというと、日本の資本主義が成熟期から、らん熟期に入ったということです。とりあえず物にはこまらないという段階から、24時間ほしいものが何でもすぐ手に入るという段階になったということです。特に都市部で、境界例がふえていることでも、わかると思いますが、衝動的、気分変動がはげしく、20歳ころ、そういう環境が、境界例を引き起こす重要な原因になっているようです。そして30歳ころになると軽症うつ病になるというのは、人間関係の中に必然的に入り、もまれた結果であると思われます。僕が分裂病になった重要な原因は過保護過干渉の母親のもとで育ったことが決定的ですが、やはり境界例も同じと思われます。だから、どちらかというと貧乏人の子だくさんより、社会的スティタスが高い家庭が多いのではないでしょうか。これによると「3つ子の魂100まで」という、幼児の時のトラウマより「氏より育ち」という長い間の生育歴が原因であるようで、精神分析より家族療法なのでしょう。僕の父親に聞いてもそんな意見でした。しかし、過干渉による幼児の時の外傷が、あることも考えられます。過干渉も社会の豊かさの結果であり、今の社会に不満をもちながらも、とりあえず物の豊かな社会に満足して保守的になっている、今の社会のすべての人が境界例の原因を作っていることになります。いじめ・登校拒否・おやじ狩りに至るまで、境界例的人間を多く作ってしまったのは、今の社会の全ての人達であり、「今の若者は」などと批判的なことを言っている人など自分の責任も自覚してほしいと思います。

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